個人事業主として独立すると、通常の労災は受けられなくなり、万が一の保障がカバーされません。そこで厚生労働省の行う個人事業主や一人親方等のための、労災保険特別加入制度を利用すると、経営者自身の有事にも備えることができます。
目次
個人事業主になったら従業員の労災保険加入の義務がある
労災保険の対象となる従業員
労災保険の対象となるのは、賃金を受け取り働く全ての従業員です。労働形態を問わず、パートやアルバイトでも加入しなくてはなりません。加入することに届けはとくに必要なく、労働の事実が発生すれば自動的に労災に入っている仕組みになります。
そもそも「労災」とは国の社会保障制度の一環で、労働者のために制定されました。「労働」と「働く」ことは少し定義が異なり、「労働」とは雇われて働くことを意味します。一方、人を雇っている立場の法人の役員や取締役などは経営者のくくりになるので労働者とはみなされず、労災には加入できません。
個人事業主自身は労災保険の対象外
個人事業主自身も労働者のカウントにはならないため、労災保険の対象外となります。なぜなら個人事業主はあくまで経営者の立場であり、賃金は発生しないからです。「賃金を受け取って雇われている」労働者の立場でないために、労災保険は適応されません。
通常の労災からは業務上で疾病が発生しても、給付を受けとることはできません。業務上労働者と同等かそれ以上の危険があるにもかかわらず、保障の点では個人事業主は不利でした。
たとえば、個人事業主の土木作業者が一人親方として従業員を数名抱え、危険のある現場に立ち会って本人が事故にあっても、その治療費は本人が全額負担しなければなりませんでした。この制度のねじれを改善するため、現行の労災の特別加入という制度が生まれました。
個人事業主でも労災保険に特別加入した方がよい理由
労災事故時の治療費は国民健康保険適用対象外
労災事故、つまり業務中の事故の治療費は、国民健康保険の対象外となります。健康保険法第1条には、健康保険が適応されるのは業務中と決まっています。業務中の怪我や通勤中の事故の場合は対象外です。万が一業務中の怪我や疾病で保険を受け取って医療にかかった場合は、3割負担だった医療費のもう7割を返還しなければなりません。
一般的に、業務中の保障は労働災害で賄われます。ただし、個人事業主など労働者ではない人は受けられません。そこで、任意ではありますが一般の労災とは別の「労災保険特別加入制度」に入ることが可能です。加入しないと、負担は自費になってしまいます。
個人事業主が労災事故時に給付が受けられる
特別加入の労災では、個人事業主自身が労災事故に遭った場合でも給付を受け取れます。対象となる業務上の事故の内容は仕事の内容によって異なり、ガイドラインによって細かく定められていて、該当する事業主は確認する必要があります。
全般的には、業務の請負契約が関係することは業務上事故とみなされます。たとえば、建築や土木に携わる個人事業主(一人親方等)は、請負契約のための行為、現場での作業、自工場での作業、機械類の運搬で起きた事故が対象となります。
☑ 1.療養給付 治療を労災病院で無料で受けられ、労災病院以外でも治療に掛かった費用は全額が支給されます。
☑ 2.休業給付 4日以上勤務することができなくなった場合、1日に給付基礎日額の6割が支給されます。
☑ 3.障害給付 業務中の事故でその後にわたり障害が残った場合、障害が第一級~第七級だと障害年金として、年ごとに313日(一級)〜131日(七級)分の給付基礎日額を受け取ることができます。また、障害が八級~十四級の場合は、障害一時金として、503日分(八級)~56日分(十四級)が支給されます。
☑ 4.傷病年金 療養を開始して1年6ヶ月経過した後も症状が見られる場合は、第一級は基礎算定日額の313日分、第二級は227日分、第三級は245日分が支給されます。
国の制度のため民間の保険より保険料が安い
特別加入の労災は厚生労働省が行う制度のため、民間より安い保険料で受けることが可能です。月々の保険料が500円や1000円と宣伝するところもあります。
多くの場合、特別加入の対象となる事業主たちが、一人親方労働組合など厚生労働省に認可された事業の団体を作成しています。その団体に加入することで、保険を受けることが可能になるという仕組みです。
労災保険特別加入制度の概要
労災保険特別加入制度の加入条件
労災保険特別加入制度に加入するには、事業主を筆頭とした特別加入団体をつくり、個人事業主がその「労働者」となって労災に入るという仕組みになっています。特別加入団体は誰でも作れるものではなく、全般的に業務の能力や実績が認められることが条件です。
☑ 1.事業主を筆頭とした単一の団体であること。
☑ 2.定款などのルールがあり、労働保険の事務処理が行えるくらいに組織が設備されていること。
☑ 3.事務体制が整っていて、財務諸表も信頼ができ、処理能力があると認められていること。
☑ 4.事業主と労働者の間の契約が明確であること。
これらの点を、都道府県の労働局長に認められることで「加入団体」とみなされ、労災保険特別加入制度に加入することが可能です。いずれにしろ、制度や財務諸表などをしっかり揃え、業務の実態を明らかにすることが大切となります。
労災保険特別加入制度の対象者
労災保険特別加入制度の対象となるのは、下記の事業を行う、労働者を使用しないで事業を行うことを常態とする一人親方、その他の自営業者およびその事業に従事する人です。基本的に労働者を使わず業務する個人事業主のことは、この制度では「一人親方等」と表記されます。職種は、大きく7つに分類されます。
☑ 1.自動車を使用し、旅客や荷物を運送するタクシー等の運送業
☑ 2.建築や建設、土木作業・建築物の修理・解体
☑ 3.漁船を使って水産物を捕獲する漁業
☑ 4.林業の事業
☑ 5.医薬品の配置販売
☑ 6.再生を目的とした廃棄物の収集、解体
☑ 7.船員業務(船員法1条に定められたもの)
労働者を使用していても、その日数が年間100日に満たない場合は、一人親方等として加入することが可能です。なお対象者であっても、業務の前に発症していた疾病は労災とはみなされないので、その疾病についての給付は受けられません。
保険料は業種によって異なる
給付される保険料は業種によって異なります。保険料の計算は「保険料算定基礎額(給付基礎日額×365)×保険料率」という計算式に基づいて行われ、保険料率が業種ごとに決まっています。
☑ 1.自動車を使用する運送業、1000分の13
☑ 2.建築、建設土木作業、1000分の19
☑ 3.漁船を使った漁業、1000分の46
☑ 4.林業の事業、1000分の52
☑ 5.医薬品の配置販売、1000分の7
☑ 6.廃棄物の収集、解体、1000分の14
☑ 7.船員業務(船員法1条に定められたもの)、1000分の49
給付基礎日額は、基本的に支給される賃金のことを意味します。その賃金から計算した年間の給付量に、業者ごとの保険料率をかけて保険料が計算されます。
加入の手続きは労働保険事務組合にて
特別加入に加入するには、労働保険事務組合で手続きを行います。ここで所定の書類を記入・提出し、労働基準監督署長を経由して、都道府県の労働局長に届く仕組みです。一般的には、一人親方組合等の既存の特別加入団体に一員として加入する、という流れになります。
加入の際、以前に粉塵作業、振動工具の使用、鉛業務、有機溶剤を一定期間使用したことがある場合には、健康診断を受ける義務があります。万が一ここで業務が困難な疾病が見つかったときは、治療に専念するべきという判断がされ、加入を制限されることがあります。
個人事業主も労災保険特別加入制度を利用し有事に備えよう
労災の対象とはならない個人事業主ですが、職務上の危険は時として労働者と同等か、それ以上です。建築、土木、運送、林業など、現場で指揮をとったり立ち会ったりするということは、けがや事故のリスクも生まれます。
リスクは労働者・経営者の立場を問わず、誰の身にも降りかかりかねないものです。労災保険特別加入制度を利用し、労働者だけでなく経営者自身も有事に備えて、安心・安全に働けるようにしましょう。